巨大ショッピングモールが死んだらどうなる

危機に瀕する「商店街」、そもそも地方都市の中心部に必要なのか
「遺産」を食い潰した商店街の凋落
(現代ビジネスオンライン 2017-10-3記事)

ただし蜜月は長くは続かなかった。外圧を受け90年代に大店法がなし崩しに解体されるなかで、巨大なショッピングモールが郊外に林立し、商店街の客を奪い始める。

たんにモータリゼーションの進展や郊外化によって地方都市の交通のあり方が変わったからではない。それまでの多くの商店街の繁栄が、厳しくいえば大店法の規制の上にあぐらをかいたていたことが問題の核心にある。

郊外に建てられたショッピングモールは、新たなグローバルな流行を次々と取り入れることを特徴とする(参照「巨大化するショッピングモールは、地方都市の『最後の希望』か『未来の廃墟』か」)。だからこそ商店街がそれに対抗することはむずかしかった。

大店法によって逆説的にも守られた既存の大規模店舗に集まる客をあてにして、むしろ投資を少なくし、できるだけ時を止めることが、多くの商店街で経営の最適解となったからである。(引用終了)


新聞イメージ地方都市の商店街の衰退を過去の背景を踏まえて深く分析した良い記事です。栄枯盛衰、奢れる者久しからず、考えさせられました。記事の分析の通り、商店街は新陳代謝を止める戦略で成功をつかみました。しかしそんな歪んだ成功は一時的なものに過ぎず、時間の経過とともに戦略は優位性を失ったということです。

商店街の店主一人ひとりは最善の道と信じてやって来たのでしょうし、既得権益を最大限活用しようとするのは悪いことではありません。しかし、新陳代謝を止めてなお永遠に繁栄することは考えにくいものです。多少気の毒ではありますが、過去にしこたま儲けて蓄財したはずですから、商店街が衰退したところで食うに困らないでしょう。ものごとには始まりがありいつか終わりが来るものです。花も風も街もみんな同じです。

10年20年のスパンで過去を振り返ると商業や流通のあり方は変化の連続でした。おそらくこれからも大きな変化を伴いながら移ろっていくのでしょう。今でこそロードサイドの店や大型ショッピングモールが幅を利かせていますが、これだって将来どうなるかなんてわかりません。

すべての商店をなぎ倒した後に、巨大ショッピングモールが死を迎えたら、地域住民への影響は商店街の衰退の比ではありません。10年後、このような兆しがはっきりと見えてくるような悪い予感がします。

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